- 藍の種
- ほめられちゃいました
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2009.11.29 Sunday昨日と今日の二日間、あるイベントのお手伝いをしてきた。
二日の間に、たくさんほめて頂き、とってもいい気分。
いろいろほめて頂いた中でも、一番印象に残っているのは、コンビニおにぎりの食べ方のお作法を知らない私に対する言葉。
コンビニおにぎりを一度も食べたことがないわけではない。が、私はあの海苔をぱりぱりのまま食べるための包装を上手に開けることができない。
「覚える気がない」というのが一番大きいのだとは思う。
で、お作法を知らない私は端から丁寧に包装をほどいたところ、一緒にいたみなさんに、びっくりされた。
「すみません、あまり食べないので、やり方を知らないのです」に「すごい、毎日手作りなのね!」
そんなことないのですが・・・
- 背中を押されて
- バリアフリー教育
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2009.11.26 Thursdayこの夏、ひょんなことから、ある小学校でのバリアフリー教育に関わった。
視覚障害者、聴覚障害者、車椅子利用者と一緒に子どもたちが町を歩く体験を通して、福祉教育をするというものだった。
子どもたちの反応はとてもよく、私も楽しい時間を過ごすことができた。
この試みが評価されて、県のバリアフリーに関する賞を受賞することになったとのこと。
こういう試みがもっと広がるといいと思っていたから、このニュースはうれしい。
そして、さらにうれしい知らせが届く。
「他の小学校でも取り入れたいとなったので、協力して下さい」だって。
「もっと広がるといいな」が早くも実現できそうだし、そこへ関わらせて頂けることも、とってもうれしい!
- がんばっている
- 手を挙げてもらえ
- これからの子育て
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2009.11.23 Monday「フリーター漂流」という衝撃的な本を読んだ。
2005年2月5日にNHKで 放送された「フリーター漂流ーもの作りの現場で」の内容を元に追加取材をして書かれた。番組を見た人も多いかもしれない。
私はある講演会で番組の一部を見たことがある。
が、本全部を読んでみて思っていた以上の厳しさに驚いた。
まず、地方では仕事がとても少なく、請負業者が若者たちの募集をしている。
「大手企業へ勤務」「手取り35万円」「寮完備」などなどの魅力的な言葉が並ぶ。
が、実際に現地へ行ってみると、「大手企業の中にある請負業者の元で働く」が現実だったりする。
また、「手取り35万円も目一杯の残業をしたら」であり、寮費、レンタル布団代、冷蔵庫、テレビなどのレンタル料などなどを引かれると、手取額はとても少なくなる。
著者も書いているが、「フリーターという生き方を若者たちが選んでいる」のではなく、コスト削減を目指して、正社員の数を大幅に減らしている企業の存在がこのフリーターの多さの元となっているのだ。
都会に暮らす若者は「好きなことだけをしたい」とフリーター生活を選ぶことも多い。
また、せっかく正社員として働くことができている若者も、さまざまな理由から、会社を辞め、フリーターになったりもする。
が、それも年齢が上がるに連れ、「こんなはずではなかった」と、なる。
誰にでも簡単にできる仕事がほとんどだから、技術を身につけることもできず、年齢だけが上がっていく。
30才を過ぎる頃には、就職しようとしても、書類審査で落とされるようになる。
これからの若者たちは生き抜く力が必要だと思う。
- 12月の特別企画
- 最後まで自分で決める人生
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2009.11.19 Thursday
著者はオーストリアで、夫となるデンマーク人と運命の出会いをする。それぞれの国へ戻った後は文通を重ねる。そうしているうちに父親がフランスへ仕事で行く時に通訳として同行する。せっかくだからと、デンマークの彼を訪ねる。
彼は二人を実家へ連れて行き、両親に引き合わせる。と、著者の父は二人の今後について質問を連発し、雰囲気が緊迫したところで、この本の主人公であるモア(デンマーク語で「母」)が発言をする。
「二人が今後どうするかは二人が決めることなので、私はそれについて、どうこう言う気はない。が、日本とデンマークは距離もあるし、文化も違い、社会の仕組みも違う。ここで暮らしていけるかをまず試しては?私たち夫婦ができるだけの支援をするから」
素晴らしい発言だと思う。
デンマークの人たちは、自分のことは自分で決め、自分の人生は自分で作り上げる。親子の間でも、お互いに口出しはしない。
モアも長年、仲良く暮らした夫を見送った後は自分でできるうちにと、高齢者用住宅への引っ越しを決意する。「今はまだ広い庭の管理もできるけれど、いつかできなくなる時がくる。その前に自分で納得のいくところへ引っ越したい」とのことで、思い出の家を処分する。小さな家に入りきらない家財道具は子どもたちへ上手に分配する。
見事な生き方だと思うし、それを支援する社会のありようもうらやましい。
著者の子どもたちが成長するに連れて、住んでいた家が手狭になった時のこと。著者は「三世代で住める家を建てて、一緒に住みませんか?」と提案する。「子どもたちも喜ぶし、義理の両親が年老いた時にも、自分たちが手助けできるし」との思いからだ。その気持ちはありがたく受け止められたが、答えはノウだった。なぜなら、「私たち夫婦は社会の貢献してきた。だから、私たち夫婦が年老いたら、社会が必ず面倒を見てくれる」
署名は「モア あるデンマーク高齢者の生き方」